構造化プロジェクトマネジメント(SPM) ケーススタディ - Step 1 -


プロジェクトを成功させるためのSPMは、10のステップを確実に実行し続けることによってプロジェクト成功の確率を上げながらゴールを目指すユニークな方法です。各ステップは常識に基づいた、ある意味あたりまえのことなのですが、実際にそれを行なうことは容易ではありません。

「事例で学ぶ」シリーズは、SPMをどうやって実践していくのかを理解していただけるよう、具体的なプロジェクトを進めながら仮想体験していただけるようになっています。

事例の説明

プロジェクトとして、ある家庭で犬小屋を作るという状況を想定してみます。あなたは高校生ながらプロジェクトマネジメントに興味を持ち、Fergus O'Connellの本を読んでSPMを実践しようとしています。一家はお父さんとお母さん、それに姉がいます。

東急田園都市線の青葉台駅から徒歩15分のところにある一戸建てに住んでいて、小さいながらも庭があります。そんな家庭に親戚のところで生まれた柴犬の子供がやってくることになりました。犬を飼うのは始めてで楽しみでなりません。伯父さんが犬を連れてくる日にちはもう決まっているのでさっそく犬小屋を準備しなければなりません。

さあ、SPMでプロジェクト計画を作り、SPMでこのプロジェクトを実施してみましょう。

Step 1: ゴールを可視化する

最初のステップは、達成すべきゴールを明確にすることです。SPMではこのためにいろいろな問いかけを使います。

何によってプロジェクトが終わったとわかるのか
プロジェクト完了の日に自分を置いてみよう。どんな風景が見えるか

まずはゴールのイメージがはっきりと目に浮かぶようにするわけです。それが大きな達成感をもたらすもの、人々やお客様の喜びが見える、自分でもわくわくする、そんなイメージが大切です。それがプロジェクトメンバーを引っぱる原動力になり、困難を乗り越えてプロジェクトを終結までもっていく責任感につながるのです。この段階ではイメージを簡潔なステートメントで記述します。この部分だけでもあれこれ時間をかける価値はあります。

ビジュアルな意味での可視化ができたら次は、言葉による厳密なゴールの定義を書きます。この目的は、ゴールに含まれる事項とそうでない事項の境界線をはっきりさせることです。この点は犬小屋の事例で見ていくことにしましょう。

ゴールステートメント (使用ツール:ゴール明確化のための質問リスト)

犬小屋作りが終わった時の情景を思い浮かべながら作ったゴールステートメントは、「柴犬のシロが快適に住める小屋を作る」というものです。愛犬が「住む」ということ、しかもシロが「快適」だと思うことをゴールとしています。

ここでゴールの詳細な定義をする前に、ゴールステートメントの大切さについて少し書いておきます。もしここで「シロの犬小屋を自分たちで作ること」としたらどうでしょう。目指すものがかなり違ってくるのがおわかりでしょう。「何によってプロジェクトが終わったとわかるのか」という問いかけに対し、このゴールですと目の前に犬小屋ができあがっていれば達成したことになります。それに対し、先に挙げたゴールだと犬小屋の存在は達成の一部でしかなく、そこでシロが寝ている姿、散歩から戻ってきた時に自分から小屋に入っていくこと、そういうことが起きなければプロジェクトが終わらないのです。

このように、到達地点が異なると、そこへの道筋ややるべきことも当然変わってきます。プロジェクトで悲劇なのは、お客様と自分達とで抱いていたゴールが違っていたことが後になってわかることです。そういうことが容易に起こりえることは、この事例でおわかりでしょう。

SPMでは、{ゴールビジュアル化のための質問リスト}というものを使って、ゴールのイメージをはっきりさせていきます。

ゴールの明確化

さて、ゴールの達成基準が作り手ではなく、シロにあるのだということがはっきりしたわけですが、このステップはもう少し詳細化しておかなければなりません。ゴールステートメントだけで終わっていたら、たとえそれが正しいものであったとしてもPSIは半分の10点しかとれません。

実は、SPMを学んだ当初私は、「プロジェクト完了の日にあなたの人生はどうなるか考えよ」というようなSPM流のゴールのビジュアル化に興味が向きすぎていて、このゴールというものをステートメント以上のものにすることをあまりやりませんでした。しかし、それではまったくうまくいかないのです。その理由は、このステップ1で掲げるゴールというもの -- それは一文で言い表せるようなものではない -- は、ステップ2以降の基盤となるものであり、できる限り揺るぎないものでなければならないのです。それはなぜでしょう。端的な例を挙げれば、ステップ2以降で作る計画は現実のプロジェクトにおいては変更が避けられず、どんどん変わっていくわけで、その際に揺るぎない土台がなければ、いつでも立ち戻ることができるものがなければ変わっていく計画がゴールから離れていってしまうからです。

ゴールの明確化 - ゴールの境界をはっきりさせる方法 (使用ツール:DMM)

ゴールの境界をはっきりさせるというのは、ちょっと数学的にまわりくどく言えば、任意の点Aをとった時に、点Aがゴール内か外かが必ず決まる、ということです。ワークショップでは白板に四角を書き、枠がくっきりするようにと説明します。

これを実際に行なうやり方(How to)をSPMでは特に明記していませんが(先に挙げた質問リストは当然使います)、ここでは日本発(?)の手法であるDMM(Diamond Mandala Matrix)を使ってみましょう。
DMMは3x3のマトリクスの中心にテーマを書き、周囲の8マスにそのテーマに属する下位要素を書くということを数段階繰り返していくもので、EA(Enterprise Architecture)の標準ツールとしても使われています。

今回の例では、中心にゴールステートメント「柴犬のシロが快適に住める小屋を作る」を書き、周囲に「快適とは」、「機能」、「コスト」といった項目を入れ、さらにそれぞれを3x3のマトリクスで具体化していきます。こうして作ったプロジェクトゴールのDMMが次の図になります。
Step 1 with DMM.png

ステップ1(ゴールの明確化)のDMM(改善前)

いかがでしょうか、何が起きればプロジェクトが終わったと判断できるのかという問いかけに対する答えには、この例でも24個あります。それぞれはさらに具体化した方がよいものがありますから、実際はもう一段深堀りすることになります。そうすると3x3のマトリクスがさらに増えていきます。2段階目の8マスにある8個の要素がそれぞれ8個に細分化されるので8x8x8=512個(!)です。もちろん全部埋めなくてもよいわけですが、プロジェクトのゴールを定義するというこのステップ1でもこれくらいの点を打たないと、ゴールとそうでない領域との境界ははっきりしてきません。これをあいまいにして進むと何が起きるかはプロジェクトに携わったことがある方ならすぐわかるでしょう。そしてもうひとつポイントとして言えることは、常にゴールを意識してプロジェクトを進めるにあたり、DMMでゴールを書いておくことでいつでも全体を俯瞰することができるということです。

ステップ1のPSI

ステップ1の「 ゴールを可視化する」ができましたので、PSI(成功確立指標)を算出してみましょう。ステップ1のPSIは20点満点です。採点方法には簡単なものから細かくチェックするものまでいろいろありますが、ここでは中くらいの質問リストを使ってみます。質問による採点要素は次の通りです。

  1. ゴールステートメントは、機能面、費やす労力(コスト)面、時間、品質の4点で包括的に説明されているか
  2. ゴールステートメントは、シンプル、測定可能、達成可能、現実的、タイムリーかどうか
  3. プロジェクトで生み出される成果物、結果はすべて列挙されているか
  4. プロジェクトが終わったことはどうやって分かるか (プロジェクト完了基準)
  5. 顧客、クライアントが見てプロジェクトが終わったと判断できる指標があるか
  6. プロジェクトに関する仮定、依存性(他プロジェクトとの)、CSFはすべて列挙されているか
  7. ステークホルダーは列挙され、それらのニーズや要件は組み入れられているか、また、ゴールとスコープはステークホルダーと合意したか

以下でそれぞれについて、先に挙げたゴールステートメントとDMMを検討してみましょう。

a. ゴールステートメントは、機能面、費やす労力(コスト)面、時間、品質の4点で包括的に説明されているか

この4つの要素は、F、E、D、Qと略されてこれからも出てきます(それぞれ、Function、Effort、Date、Qualityの頭文字)。プロジェクトを形作る基本要素で、必須栄養素のようなものです。バランスも大切ですが、どれかが足りないときは他のものを増やすことでカバーできることもあるので、これらの要素をきちんと把握できているとプロジェクトコントロールの段階において役に立ちます。

さて、事例ではどうでしょう。「柴犬のシロが快適に住める小屋を作る」というゴールステートメントで、機能は「快適に住める」という言葉で表現されています。これだけでは具体的ではないですが、先に述べたようにDMMを使ってこの快適性として5つの要素を挙げていますし、それとは別に機能として5点がDMMにあるので、機能は書けているといってよさそうです。次に労力。英語ではEffortといい、ステップ2で考えるジョブ(タスク)を実行する人の働きのことです。働くのが人でない場合もあるかもしれませんが、いずれにしても仕事をするのはこの要素で、同時にコストになる要素です。コストに関することはステートメントには記述はなく、DMMに「なるべく安く」とだけ書いてあります。肝心の誰が作るかは明記されていないのでその点も不十分です。3番目の時間は、ステートメントにもDMMにも記載がありません。最後に品質ですが、DMMでは機能のマスに「風で飛ばされない」、「成犬になるまで使える」という品質に関連するような記述があるので半分くらいは点をあげてもいいかもしれません。
ということで、F、E、D、Qはそれぞれ1、0、0、0.5、合計で1.5点となります。

b. ゴールステートメントは、シンプル、測定可能、達成可能、現実的、タイムリーかどうか

シンプルに書けています。シロが気に入ったかどうかを知る手段さえあれば測定可能でしょう。残りの3点についても大丈夫と思っていいでしょう。というわけでここは5点。

c. プロジェクトで生み出される成果物、結果はすべて列挙されているか

DMMに成果物のマスがありますが、肝心の犬小屋本体が抜けています。また、プロジェクトで生み出される結果という中には、犬小屋にいるシロと家族との生活という観点から考えると、他にもありそうです。たとえば、犬小屋の掃除。掃除を誰がいつやるかというのは、本プロジェクトの範囲外ですが、掃除のし易さとか掃除の道具を揃えておくといったことは、達成されたゴールの機能や品質面を維持するために重要なことですから挙げておくべきでしょう。
というわけでここは、1+0=1点としましょう。

d. プロジェクトが終わったことはどうやって分かるか (プロジェクト完了基準)

これはステップ1の出発点のようなものでしたから、十分考察してイメージは出来上がっているでしょう。ただ欲を言えば、それがチェックリストのようなもので列挙されていて、完了時にそのリストで確認作業ができることが理想的です。これを宿題としましょう。0.5点。

e. 顧客、クライアントが見てプロジェクトが終わったと判断できる指標があるか

このような指標がひとつだけ確実にあって、それをクライアントと「握れて」いれば理想的ですが、ものごとは簡単にはいきません。今回の例に限らず、クライアント(シロ)がどのような点でOKを出してくれるかはなかなかわからないものです。ただ今回の例では指標として、「完成の翌日にも小屋に入って寝る気がする」として間違いはないでしょう。これはプロジェクトマネージャであるあなたにとっても観察可能ですし。DMMにはまだ書けていないので0.5点。具体的には、「ステークホルダー」のマスの「シロ」の部分の3x3マトリクス(レベル3になります)を作ってそこに書くとよいでしょう。

f. プロジェクトに関する仮定、依存性(他プロジェクトとの)、CSFはすべて列挙されているか

この観点はゴールステートメントにもDMMにも何も書かれていないように見えます。DMMのレベル2にまだひとつ空きがあるので、ここに書くことにしましょう。0点。

g. ステークホルダーは列挙され、それらのニーズや要件は組み入れられているか、また、ゴールとスコープはステークホルダーと合意したか

先の質問にもありましたが、DMMにあるステークホルダーのマスはそこに挙げられている5人それぞれもう一段記述しないといけません。よって、1+0+0=1点

評価 Step 1=9.5
採点結果を見てみましょう。1.5+5+1+0.5+0.5+0+1=9.5点となりました。20点満点で9.5点ですので、まだまだ改善の余地がありそうです。

ここで見たように、PSIに基づくプロジェクトの判定方法は、どんな点が足りないかが分かりやすいという特長があります。点数が低いところを充実させればよいのですから。そうやって点数を上げていくことで(これはプロジェクトが始まってからもずっと続くプロジェクトマネージャの仕事です)、少しずつ着実にプロジェクトを成功に導いていくことができます。

ちなみに、弊社で用意しているPSI算出用チェックシートは、上記の項目に多少重み付けを加えているのですが、それによると今回のプロジェクトの現時点でのPSIは、8点となっています。

改善
まだステップ1ですが、すべてのステップはプロジェクトが完了する時点(終結)まで継続して見直され、改善しなければなりません。(後で述べますがこれはプロジェクトマネージャの毎週の定例作業となります)

今回の事例では、抜けている部分があることがわかったため、ゴールステートメントはそのままですが、DMMの方を改訂しました。DMMをレベル3まで書くと、シートがとても大きくなり取り扱いが難しくなりますが、しかたがありません。今回は、機能の部分とステークホルダーの部分だけレベル3を記述するようにしたため、左と左上だけに広がった図になっています。
Step 1 with DMM(revised).png

ステップ1(ゴールの明確化)のDMM(改善後)

ゴールが変わることはできるだけ避けたいですが、記述が追加されていくことは十分あり得ますので、いつでも追記できるDMMがあると便利です。プロジェクト計画書としてぶあついWord文書を作ってしまうと、その気が起きなくなります。
さて、いよいよというかやっとというか、ステップ2 「ジョブのリストを作る」に進みましょう。.